愛宝学園 かがみの特殊少年更生施設
ここは非行に走る若き愚か者を収容し、複数の更生プログラムを通じて自省と改善を促す更生施設である。全国で非行少年は三人に一人が再犯する中、ここの卒院生は唯一再犯率ゼロという快挙を成し遂げており、各界から賛同と支援が尽きることは無い。
貴方はひょんなことからこの公式サイトに辿り着き、興味本位で閲覧を進めていく。ところどころリンク切れが起きているところは、検索バーを使うことで見ることができた。
しかし『院生作品』のページを開いた時、何処かを睨むようなロボットが描かれたイラストが表示されぎょっとする。
背景に羅列された数字は、適当なものなのだろうか? Unicodeを使い変換すると――「隠した ぼくらのコトバ さがして」。
院生が作成したものを一つ一つ確認していくと、
「たかしまがキおくかえる」
「コヒナタノクスリノムナ」
「オカベ キッタ」
院生は実態を伝えようとしている。貴方は検索バーを使い、出てきた名前を端から入れた。平仮名で駄目なら、カタカナや一般的と思われる漢字に変換して試す。
「高島」……ヒット無し。
「小日向」……ヒット無し。
「岡部」……ヒット。
出てきた検索結果を開いて、貴方は全身が総毛立つ。
『サイト改変に際する申し送り事項』、そしてそのWebサイトの名前は『愛宝学園職員サイト』。
内容を踏まえると、今分かったことはこうだ。
・『愛宝学園かがみの特殊少年更生施設』の公式サイトは改装されたもの
・改装前のデータは担当者による手作業での削除に任されていたこと
・故に一部が残っている可能性が高いこと
何故改装したのか。何故職員しか見られないサイトがあるのか。見られたら困るものでもあるのか。貴方は検索バーを使い、関連すると思われるキーワードを片っ端から叩く。
やがて、単語も思いつかなくなってきた頃、貴方は再度キーワードを探すため公式サイトを巡り、改めて作品を確認した。
この『バイカラー・ムーン』という漫画作品は殊の外量が多く読むのに難儀するが、しかしそれだけではない。修正された跡が見受けられるのだ。ストーリーや台詞も正直浅く、子供に暴力を振るいながら「ありがとう」と書いてあるなど「これはギャグなのか?」と苦笑せずにいられないシーンもある。
もし、この施設から強要された院生がこれを描いているのだとしたら……。
この漫画にヒントがあるのではないか。貴方は目を皿のようにして探し、中にある単語を入力し出した。
「特例優等賞」……ヒット無し。
「加藤彰」……ヒット無し。
「救命ボート問題」……ヒット。
またも職員サイトだ。MENSAの試験のような内容が記載されているが、気になるのは最後。
「令和3年度 成績優秀者:因子番号422 鎌倉勇」
彼は、どうなってしまったのだろう? 名前を入れてもヒットしなかったが、番号で管理されていたのなら……「422 鎌倉勇」……ヒット。
「鎌倉勇」なる少年が入所に至るまでの経緯が記された『鎌倉勇経過報告書』で、彼が非行少年となった背景がある程度読み取れる。しかし、彼が無事卒院したのかは分からない。
貴方は再度『バイカラー・ムーン』を読み検索に戻るも、何もヒットしなくなってしまう。手詰まりか……。
待てよ? 公式サイト上に作品が掲載されているなら、それを見て感想を述べる人がいてもおかしくないのでは。それが直接院生に届くことが無いとしても、このSNS隆盛の時代、純粋な評価でも肥溜めのような誹謗中傷でも誰かしら記しているかもしれない。
サイト内ではなくGoogleやYahoo等の検索エンジンで「バイカラー・ムーン」と検索した。
出た。Twitter(自称:X)上に、何人も投稿していたのだ。しかし気になるのは漫画の感想ではなく、そのハッシュタグだ。
「#気づいてA君」
……気づいて、A君……? これをそのまま検索エンジンに入力すると、とあるアカウントが一番上に現れた。
『気づいて』。IDは「@about_A_message」。その投稿は2024年2月5日に始まり、同年4月1日を最後に更新が止まっている。
どうやら久々に「A君」なる友達に会ったところ様変わりしていたため、「A君」がそうなった原因と目される施設を調べようとしていたようだ。
その施設では「表現祭」という展覧会が定期的に行われており、関係者のみが招待券を得られるのだという。投稿者は「A君」と再会するきっかけとなったとある協力者から招待券を貰い、表現祭に侵入、施設の様子や作品群を隠し撮りした。それを時間が無いっつってる癖に己のポエミーな散文と共に投稿するも、投稿者自身が海外へ行かなければならないため調査は頓挫。投稿を活用して施設を調べてくれ――というのがこのアカウントの内容である。ポエム投下してる暇があったら調べを進めれば良かったんじゃないですかね
そして調べて欲しいと言っている施設は『かがみの特殊少年更生施設』、「A君」の作品は他ならぬ『バイカラー・ムーン』であった。
投稿者が残した動画に『バイカラー・ムーン』が映っていた。それを公式サイト上で公開されているものと見比べると、明らかに内容が異なっている。黒塗り・白塗りは無く、個別具体的な単語もわんさかあるのだ。
貴方は確認できる限りの単語をピックアップし、サイト内の検索バーに打ち込む。
「花城璃子」……ヒット無し。
「くずがわ特例」……ヒット無し。
「矯正の歴史」……ヒット。
『カウンセラー』のページ、そこに「鳥居諒」という職員が掲載されている。職員コメント曰く「話しやすいカウンセリングの場を、心がけています。お悩み相談もお喋りも、何でも気軽に話しましょう!」。
気軽に話せるなら公式サイト上に公開されているはずだ。伏せたかった情報は何か。簡単な経歴紹介にある書籍『精神の統一について』を検索バーに入れる。
職員サイトがヒットした。この時点で表に出せない危険な書物と表明しているようなものである。
概要を読んでいくと、「特殊思想教育」という単語がやたらと目に付くでは無いか。特殊も思想も教育も、単語それぞれは全く問題が無いのに、くっついた瞬間にここまで胡散臭くなるのか。検索バーに入力。
連続ヒット。貴方は悲鳴を上げかかった。
結果は2件……『医師』のページ・岡部勝博、『研究機関データ』のページ(職員サイト)。
「オカベ キッタ」の字が脳内にフラッシュバックする。震える手で双方を開く。
まず岡部の担当するものが「脳外科医」とあり、この瞬間にここまで辿り着いた者全員が考える。
「この施設では、非行少年達にロボトミーを施行している」
ロボトミー。脳左右の前側(前頭前野)を繋ぐ神経繊維を切り刻むことで、暴れ散らかすキチガイを黙らせる効果を期待する手術。エガス・モニスが考案し、ウォルター・フリーマン含む後進がそれを完成させたもので、ケネディ大統領の妹君が施術されて廃人になったのはあまりにも有名であるし、日本では手術が原因で殺人事件にまで発展したのは知っておくべき悲惨な歴史だ。
非行少年の更生云々を語る施設に脳外科医は100%不要である。では何故いて、しかも公式サイト上から消されているかと想像したら、誰でもロボトミーの単語に行き当たる。
「クソガキ共の脳味噌なんざどうせ碌なもんじゃないのだから、甘っちょろいカウンセリングやお絵かきなんかで治るわけが無い」
「だったらズタズタにして物理的に動けなくしてしまえ」
「その結果くたばっても別に良いだろ、どうせカスなんだし」
そういう悪意が如実に表れている。
もう一つのページである『研究機関データ』には、「ヴィッターマルフ法」なる謎のやり方で精神鑑定をした結果が三名分記載されているが、どれが誰だかは分からない。番号しか書かれていない。お前らなんざ番号呼びでいいんだ上等だろという、徹頭徹尾見下しているように受け取れる表現だ。
二つのページを見比べて、次なる単語を考える。
岡部の経歴に「2010年 特殊な精神鑑定法を併用することで施術成功率を高めることに成功」とある。この鑑定法とは、ヴィッターマルフ法のことではないか? 「岡部勝博 ヴィッターマルフ法」と入力。
岡部の詳細な経歴が出てきたではないか。読んでみるとなるほど、脳神経外科医になった後、海外研修を経て木南特例総合病院に入り研究を進めたという。木南特例総合病院――何がどう特例なのだろうか。
これも検索してみると2件ヒットした。
精神科医・高島啓介のデータと、誰かの健康診断結果票である。
「たかしまがキおくかえる」……岡部がハード面なら、こいつがソフト面の実行犯らしい。しかも経歴上に「木南特例総合病院院長から共同研究の提案を受け」とある。
高島啓介の名前だけでは何もヒットしなかった。ではこの「お友達」も一緒に入力したらどうだろう。
健康診断結果票の隅に「木南信克」とある。名字が名字だけに間違いなくコイツは木南特例総合病院の上の方の人だろうから、試しに一緒に入れてみる。
高島の経歴が表示された。如何にもヒットしそうな単語が溢れ返っている。貴方は意気込んで検索バーに怒濤の勢いで入力していくが……何もヒットしない。
――ただ一つ、『第4の投影法心理テスト』というアバウトな単語だけが残った。これをそのまま入力しても何も出てこない。そもそも第4の投影法心理テストって何だ?
並列の単語は「ロールシャッハテスト」、「PFスタディ」、「TAT絵画統覚検査」。これら三つはGoogleやYahooで検索しても出てくる検査方法である。ということは、「第4の投影法心理テスト」も同じではないか?
検索エンジンに丸々入れてみると、一気に出てきた。
「投影法による心理テストには、次のようなものがある。ロールシャッハテスト、主題統覚検査(TAT)、文章完成法(SCT)、P−Fスタディ(絵画欲求不満テスト)、風景構成法、バウムテスト」
この中のどれかだ、間違いない。貴方は確信し、順に検索バーに叩き込んだ。
「バウムテスト」がヒットした。開いたページをスクロールして、貴方は深呼吸する。
『バイカラー・ムーン』がまた現れた。しかも表紙は翼の生えた天使のような若者二名ではなく、鎖に捕らえられ眠る若者である。
公式サイト上に公開されているもの、隠し撮りにより明かされたものに比べ、更にページが増えている。表現も大きく変わり暗い過去を想起させるシーンが盛り込まれているほか、『悔悟の礼』だの『7号施術寮』だの臭すぎる単語が続々と登場するではないか。
間違いなく調査が進んでいると心持ち新たに、臭い単語を検索バーに次々と放り込む。
まず『7号施術寮』。これで貴方は施設が隠蔽工作を行っていると確信した。
公式サイト上に公開されている施設案内図と、この検索結果で現れた職員用マップが全然違うのだ。第3寮・医務課・藤棚はそれぞれ、1号〜7号施術寮・更生推進課施術室第1〜4・恩賜の藤棚が本来の名称。慌てて編集したのだろう、文字位置のズレを修正しないまま公開したのが公式サイト上の案内図であった。
次に『悔悟の礼』。これは『表現指導評価レポート』というページが表示されるが、内容は当たり障りの無い、五分くらいで書いたような薄いものである。
問題はそのレポートを写した画像の隅にある、誰かのメモ書き。
「息子が人殺しになったあの夜、私の人生は変わった」
「被検体16号となった息子は、元の澄んだ目に戻ることができた」
「『いつか、父さんを連れて行くと言ったあの街に僕は行ってくる。父さんの愛する北欧神話ゆかりの街。』」
「私は正しい道を選んだ」
被検体……このメモを書いた者は、息子を想い『悔悟の礼』を受けさせたようだ。だがその結果よろしくない側面も出たらしく、筆圧強く「私は正しい道を選んだ」と残している。
それにしても「16号」とは……これまでに見てきた漫画やレポートにある番号は既に400番台となっている。数百人もの子供がこの施設の餌食になったことは想像に難くない。
他に単語は無いだろうか。再度『バイカラー・ムーン』を見返し、固有名詞を攻める。
作中の女子学生が『徳広大学』の名を出している。主人公との会話で、彼女が獣医師を目指していることも明らかになっている。
――獣医? そういえば、公式サイトの『指導内容』のページ・『生活指導』の項にこんな記述があった。
「外部から指導員を招き、薬学・獣医学で名高い指定医大と連携したセラピーも行っています」
……まさかな。『徳広大学』を検索。
薬剤師・小日向紀子ヒット。
「コヒナタノクスリノムナ」=小日向の薬飲むな。院生の命を賭けた糾弾に上がった三人が今この瞬間揃った。
こいつの経歴には「精神科専門の薬剤師資格」とある。検索を避けるためにわざと曖昧な書き方にしたのだろう。検索エンジンの力を使い、「精神科専門の薬剤師資格」の正体を洗い出すと、精神科専門薬剤師と精神科薬物療法認定薬剤師の二種が判明した。両方をそれぞれ検索バーに入れる。
『投薬データ』――嫌な響きのページがヒットした。
開くと、主要二種の薬剤と臨時的な三種の薬剤を9月1日から12月7日まで投与した記録が出る。
主要な二種の片割れ・クロルプロマジンの投与量を見て驚愕する。朝100mg・夜100mgも相当なものだが、これが最終的には朝500mg・夜500mgになる。一日辺り1000mg……「一日辺り600mg以下にしよう」と呼びかけられる薬剤が、キロ処方……。
薬で脳の機能を低下させようという力業がありありと見て取れた。
「二種の薬剤」は都度スケジュールを確認して飲ませる量を決めたらしい。薬剤を検索バーに入れれば、飲まされた者がヒットするかもしれない。
入力すると、『特殊スケジュール』がヒット。その中身は、早朝5:00から夜中24:00まで起こし、しかも朝食抜きで代わりにクロルプロマジンをブチ込むという鬼畜の所業であった。そして合間の施術が長すぎる。四時間やっている。
薬で脳機能を下げ、ダウナーになってしんどいであろうところに四時間の施術。昼食を終えたらすぐにまた検査され、卒院に向けた制作をやらされる。入浴後夕食と共にまた薬を飲まされ、重い身体で運動を指示され、終わったと思えば四時間施術。就寝する頃にはヘロヘロになっていることと容易に想像される。しかし翌五時にはまた叩き起こされて薬を――。
体力の無い者は死ぬと思われる。
鬼畜の所業に涙を流しても、今は何にもならない。検索を進めよう。
狂ったスケジュールの中に、「ラボレート」なる聞き馴染みの無い単語がある。「ラボレート(研究室送付)用」とあるに、何処かの研究室へ制作品を送ることを指すのだ。既にイカレていることが分かっているが、ここではっきりと「研究」の字が出てきたことで非行少年達=実験動物でしかないことが示された。
「ラボレート」を調べてみると、貴方ははっとする。『鎌倉勇卒院制作』。彼は生きて施設を出ているのだ。しかし「卒院制作」であるし、しかもヒットした単語が特殊スケジュールに記載されていた単語。きっと彼も大量の投薬と長時間の施術を食らわされたことだろう。
そんな超ヘロヘロダウナーマインドで作り上げられたであろう作品を見ると、感嘆すると同時に恐怖を覚える。
満開の桜の木を見上げた構図で、雲一つ無い青空が広がっているのだ。
写真のような精巧な絵であるが、あの鬼畜の所業を食らってこんな晴れ晴れとした希望に満ちた絵を描くとは思えない。強制されたのか、はたまた希望を抱かされたか。
「洗脳」の字が頭をよぎる。だが、検索してもヒットしなかった。
再度『バイカラー・ムーン』(鎖少年版)に立ち戻ろう。職員サイトでもこれを施術の経過として興味深いものとして扱っていることから、重大な情報はまだ隠れているはずだ。
途中、「449 乙坂響」「467 蒼乃晴翔」を『悔悟の礼』に選出する張り紙が描かれている。――そうだ、鎌倉勇の情報も、番号+フルネームでヒットしたじゃないか。早速入力する。
ぞっとした。
二人の経過報告書が思った通りヒットしたが、その内容は悲惨である。
まず乙坂。彼は非行少年ではなかったが、父親がアル中無職という典型的なゴミで、日常的に虐待を受け続ける中で父親を返り討ちにしたらしき経緯が記載されている。
次に蒼乃。殺人事件をやらかしたらしい。誰をやったというのか分からないが、これに対し厳しく当たっていた父親は勘当状態・怒り心頭で、どうぞ施術して下さいというのだ。
真逆の家庭環境でありながら、共に殺人を犯し家族は冷徹。
なんたることだ。だから彼らは出会い、無二の友人となったのだ。こんな悲しい出会いがあるだろうか。
事件は報道されたのだろうか。当時の詳細を知りたい。
乙坂のキーワードは、父親のフルネーム、妹のフルネーム、そして殺人の切っ掛けと思われる「虐待」か。蒼乃のキーワードは……分からん。取り敢えず固有名詞をこれまで通り辿ろう。各人のフルネームや学校名はどうだろう。
予想通り、いやこんな予想は当たって欲しくなかったが、ヒットした。
新聞記事だ。乙坂は「六松市■■事件」と名前が付いており、蒼乃は通学先高校の教師を殺していたことが報道されている。
『バイカラー・ムーン』(鎖少年版)でチンピラ林野が「親殺し」と呼び掛けていることが引っ掛かり、「■■」の部分に「親殺し」を入れて検索し直すと、乙坂の事件は更に詳細が出てきた。
曰く、「乙坂と妹が自宅で過ごしているところに父親が泥酔して帰宅。父親は乙坂を暴行し妹を撲殺。証拠隠滅のために放火しようとした父親を乙坂が刺殺した」という。しかもそれを反省する素振りが無いことを理由に少年院送りにされたとある。
どう考えても乙坂が反省する余地も必要も感じられないのだが、一体警察と検察はどういう思考回路をしているのだろうか。情状酌量の果てに彼を送るべきはまずシェルター、それから児童養護施設(孤児院)のはずである。
警察・検察は馬鹿でもなれることを改めて認識しつつ、調査に戻ろう。それぞれの経過報告書に立ち戻り、検索できていないものが無いかを検討する。
……乙坂の人物報告書に、「卒院制作では『得意な描き方』で『施設内のある場所』をモチーフに作品を仕上げた」とある。卒院制作――彼もまた生きてこの施設を出た。それはつまり、鎌倉勇のように……。
これまでの『バイカラー・ムーン』で彼の描き方も好きな場所も分かっている。検索。
『乙坂響卒院制作』ヒット。ページを開くと、もう何度目かの悍ましさを心に抱く。そこには四枚の絵と、「上描きされ変化していく様子を、施術段階ごとに撮影したものである」という冷徹な添え書きが載っている。
美大生が描きそうな、個性的で抽象的な絵画であった一枚目。
AI生成したような、美しくも何も特徴の無い四枚目。
そして見出しの「○号施術」――。
乙坂は、「施術」されて持ち味を無くした。果たしてそれは、死ぬよりもマシなことだったのだろうか。
一番下に、「PGQデータ」なる聞き慣れない言葉が出てきた。併せて「より優秀なデータは、因子番号467の卒院制作を参照せよ」とも。
「467」は蒼乃だ。蒼乃もまた卒院制作を……いや、もう分かっている。A君=AONO、そして『バイカラー・ムーン』(鎖少年版)が掲載されているページに「施術途中の院生が作成した」とはっきり書かれていたではないか。
在りし日の君が本当に書きたかったのは、こんな施設バンザイではないのだろう?
より優秀な「PGQデータ」として、蒼乃の漫画が「ラボレート」されているのなら、その単語を組み合わせれば辿れるはず。検索……ヒット。思った通りだった。
多少皺の寄ったノート、鉛筆描きの下絵、そして黒塗りされた己の顔。いくつかのコマは消しゴムを掛けられ、何か事件があったと思われるシーンは悉く塗り潰されている。
『バイカラー・ムーン』(黒塗り版)の登場である。
そしてやはり、ここでも新たな単語が出現した。「カネモリ式適合術」。そのまま入力してもヒットしないが、人名らしきものを使っているから必ず引っかかるはずだ。
「適合術」……ヒット無し。
「カネモリ式」……ヒット。
現れたのは余りにも古く、旧字体と若干の文語体が混じったボロい論文である。だがそのタイトル、そして内容は背筋が凍るものであった。
『社會適合論』(金森壽一郎/著)
要するに「社会の安寧を揺るがすような不良・チンピラ・ガイジは国のウイルスなので、薬ブチ込んで脳味噌切り刻んで社畜にしよう」と言っているのであった。そして論文の中には「モニス」「フリーマン」の名――ロボトミーを開発したエガス・モニス、それを発展させたウォルター・フリーマンに他ならない。
資料に記載された執筆時期は「昭和二十二年夏」。そんな古いものを一体何処からかと思いきや、またもページ末尾にご丁寧に記載されていた。
「現存するこちらの資料は、〈偲ぶ会〉を開催したときに集められました」
誰の偲ぶ会だったのか。それを検索すれば、更に辿れる……ヒット。
『金森壽一郎を偲ぶ会』の式次第が保存されている。諸般の事情で二回目が執り行えていないらしく、今後都合がつけばこの時の次第を参考にするつもりなのだろう。
この式次第、参列者へのパンフレットも兼ねていたのか金森の略年譜も載っており、単語も大量に並んでいる。だが、単語一つだけではどれもヒットしない。組み合わせる必要があるのか?
「辰京医科大学」在学中に、「北辰研究機関」と共同研究をしている……式次第の末尾に「『辰京』時代の関係者が多く集まり」とあるから、「辰京医科大学」の略称は「辰京」か。では、「辰京 北辰研究機関」ではどうだろう。
ヒット。しかしそれは、本当に見て良かったのだろうか。国への予算請求書、そしてもう一枚、以下が記載された資料である。
・更生技術研究は戦時下から、第五〇弐部隊で行われていた
・金森壽一郎が研究データや関連書籍の一部を破棄して急逝した
この更生云々が戦時中から国主導で行われていたことが明確に記載されている。何とも大きい話になってきた。
そして気になるのは金森壽一郎本人の死。何故己の成果とも言うべきデータを捨ててしまったのだろうか。もしや金森氏本人は、己のやっていることの非道さに気づいてしまったのだろうか。それとも、その心に気づかれて被検体にされた?
きっと真相はすぐそこにある。ページ末尾にある単語を使い、検索して突き進む。
今度は写真付きの実験資料だ。昭和十三年のもののようだ。開頭手術とあるから、この検体は生きていたはずだ。だが、二枚目の写真には無情な「摘出済」の字。
資料を作成したのは「M.九頭川」とあるが、ページ末尾には「雅道氏」の文字。まさかな。
「九頭川雅道」……ヒット。
分かりやすいまでの白髭・白髪。如何にも研究者然とした、悪く言えば「研究のためなら後はどうでもいい」という面構え。順風満帆なキャリアを積み、その中で「水無瀬精神病院院長」に就任し、施設名を研究院に変えたという。
単語一つ丸ごと入力するだけではヒットしなくなってきたあたり、余程この先には進んでほしくないと見える。だがここまで来た貴方に取っては、些末な工夫である。
「水無瀬精神研究院」……ヒット無し。
「水無瀬研究院」……ヒット。
水無瀬研究院の詳細が眼前にある。それは、更生技術研究を手掛ける『愛宝学園かがみの特殊少年更生施設』に対する水無瀬研究院のご連絡である。
そこには研究院の詳細と共に「社会不適合因子洗脳施術」と明示されていた。更生等という甘っちょろいベールはお互いに不要というわけだ。
「研究部門」として並ぶ部門名もまた実に胡散臭い。新薬開発部門、医療テクノロジー部門、精神医療研究部門、未来創世部門。前者三つはこれまで判明している悪行からして内容の想像が付くが、特にヤバい香りを漂わせるのが「未来創生部門」である。
誰にとってのどういう未来を創る気なのだろう。検索。
『政府通達』。貴方はこの字面に全身を強ばらせる。
平成二十二年に発布されたそれには、『かがみの特殊少年更生施設』を『愛宝学園かがみの特殊少年更生施設』として新装開店し、全国のクソガキを寄せ集め洗脳実験してくださいということが堅苦しい文章で記されている。
資料には施術のために三名を新たに派遣することが書かれ、その三名というのが高島啓介・岡部勝博・小日向紀子。院生に告発された三名は、そもそも国の回し者だったのである。
続く内容も衝撃的で、
・実験の結果ガキ共の精神がイカれた場合、治療のために木南特例総合病院に送る
・治療後はガキ共を特務省厚生局監視下に置く
・ガキ共が治療できない時は関連会社に引き渡してぶっ殺してもらう
といったことがしゃあしゃあと書かれている。
そして、末尾に記された署名を見て貴方は声が出たことだろう。
「喜多見勇次郎」
Twitter(自称:X)アカウント『気づいて』にて投稿されていた、表現祭の隠し撮り映像。その中に、一枚だけこう書かれているものがあったのだ。
「喜多見勇次郎賞」
一体コイツは誰なんだと、ずっと気に掛かっていた。本星の名前だったのだ。だが、コイツの名前だけでは何もヒットしなかった。
今なら予想が付く。コイツの所属と共に検索すれば何か出ると。「特務省更生局 喜多見勇次郎」……ヒット。
気持ちの悪い単語が現れた。
「美羽統一の適用化について」
単語に感じた薄ら寒さは、内容を読んで確信に変わった。
・急進改革派政党(新興政党)が台頭している
・こんなクソ政党を野放しにしてはいかんので黙らしたい
・クソガキ共で充分実験したら、クソ政党その他反乱分子にも施術しよう
・国に逆らう馬鹿をゼロにする(決意)
いろいろな思いが去来するが、進もう。「美羽統一」……ヒット。
『愛宝学園かがみの特殊少年更生施設』院長の個人フォルダに遂に辿り着いた。何を察知したのか殆どのファイルが既に削除されてしまった後であるが、しかし肝心なものが残っている。『特例機密ファイル』――。
単に忘れたとは思えない。理由があって消せなかったのであろう。クリックして開いてみる。
「保護中:特例機密ファイル このコンテンツはパスワードで保護されています。閲覧するには以下にパスワードを入力してください」
パスワード?
パスワードは主に、外部から推測されないようランダムな文字列で構成するか、極めて私的なものにしてしまうかに二分される。ランダムな文字列なら推測しようが無い。こんな悪辣な施設を運営するヤバい院長のプライベートも想像しようが無い。
詰んだ……。こいつらは最後の最後に、最も一般的な危機管理手段を用いて我々をブロックしたのだ。
もうやりようはない。充分だ。これだけ多くの資料が集まった。これを世に放つだけでも相当な痛手のはずだ。
「知っている人は教えてください A君に何が起こってるのか」
――駄目だ!
これでは不十分だ。蒼乃に何が起きたかが分かっていない。「気づいて」アカウントの主は、蒼乃の真実を知りたがっていたはずだ。
貴方は確かに『かがみの』の公式サイトに流れ着いただけの、興味本位の調査だったかもしれない。だが、その結果見つかったこの諸々の真実と、「気づいて」アカウントの主の意思を貴方は見てしまった。それで止めてしまうわけにはいかない。
本当に全ての単語を検索したのか? もう一度見直そう。貴方はこれまで見てきたページを、先入観を捨てて見返した。気になった単語を、泥臭く、しかし確実に調べていく。
「鴻池院信親」……ヒット無し。
「反乱分子」……ヒット無し。
「依代」……ヒット。
例の開頭手術の資料にあった単語が、新たな道を示す。
それは初期も初期、この非道なる実験の被害者となった者達の記録だった。
3号、即ち三人目は容態急変し植物状態へ。
6号は政府の都合で施術を急がれた結果廃人となった。
13号はイカれた果てに病院で投身自殺。
15号は人格が凶暴となり、「あかつきリライフ」なる謎の会社に始末された。
皆、死んでいった――。
その中で最後の記録、16号はこう記載されている。
「記憶の一部欠損が認められるが、予後は概ね順調と言える。回復後は心理学の勉強に加え、熱心に外国語の学習をしている」
外国語とその和訳を書き取ったノートの一部が画像として添付されている。これを以て施術が完成したとする旨がページ末尾にあり、16号が初期被検体の中で唯一の生還者だったと思われる。
しかし単語らしい単語は見当たらない。「あかつきリライフ」もヒット無しだ。ただの情報ページでしかなかったのだろうか。
いや、この外国語、英語ではない。画像を見ながら外国語をGoogleやYahoo等の検索エンジンに入れて調べると、北欧の言葉であることが分かった。
北欧、16号……。
あっ!
本気で声が出た。
『表現評価レポート』に映り込んでいたメモ。あれはこの被検体16号の親のものだったのだ。
被検体でしかないクソガキの親がもし娑婆にいる一般人なら、そのチラ裏をわざわざ取っておくとは思えない。あくまでも施設や国が欲しいのはクソガキの研究データであってご親族のアンケートではない。
ということは、被検体16号の親は、自分の意思のみでチラ裏を取っておけるような人物。そして秘密裏に研究されていたはずの「悔悟の礼」を知ることができた人物。
こんなものを知って、一般人として社会に戻っていくはずが無い。
まさか、パスワードは。貴方は北欧神話を調べ、そのゆかりの地を端から叩いた。
「ウプサラ(Uppsala)」……違う。
「オーフス(Aarhus)」……違う。
「コペンハーゲン(Kopenhagen)」……違う。
「オーデンセ(Odense)」……開いた。
これがきっと最後だろう、この作品と相対するは。
辛く寂しそうな表情を浮かべる蒼乃。壊されていく乙坂。それぞれの過去。そして、反逆――否、真相を世に伝えようという鋼の意思をその目に宿す蒼乃の顔。
『バイカラー・ムーン』(蒼乃本気版)。
彼が見聞きしたものが、漫画という形で整理され大変分かりやすい。それ故にこれまで見てきた『バイカラー・ムーン』(Webサイト版・表現祭版・鎖少年版・黒塗り版)の記憶と合わせ、施設が如何にして彼を殺したかがよく伝わるというものだ。
蒼乃本気版には、ここに来てなお新たな単語が出現している。彼が見てしまった施設の資料に「新たな人間創造の術式」というキショい単語が書かれていたと、殺される前の蒼乃は記録していたのだ。
蒼乃、遺志を引き継ごう。検索。
『施術結果報告書』。
・No.431に施術したらおかしくなった
・消費期限が迫っているので「一般育雛法」をやることにする
431が誰なのかとか以前に「消費期限」。文中にも、全国の少年院から集めてきたガキ共のことを「卵体」とはっきり書いており、徹底して彼らをモノ扱いする様には清々しさすら感じる。
彼らを人からモノに変ずるための手段・「一般育雛法」、これが真相だろう。検索。
「規格卵No.431林野廣剛における施術段階の経過観察について報告する」
……林野? あの威勢しかない喧嘩激弱のチンピラ?
ページには1〜4号の施術を行った記録が端的に記載されている。誰彼構わず因縁をつけて突っかかりそして負ける阿呆っぷりが無くなり、素直で健全な青少年に変わったというのだ。仕事がどうのとあるため、彼もまた生存し卒院したのであろう――その善し悪しはともかく。
しかし、林野は卒院制作をしていないのか?
ページには監察官のコメントが記されている。どうやら林野には「特殊育雛法」を施そうとしたが経過不良となったため急遽一般育雛法に変更して成功したそうで、非常に稀な事例とのことである。
卒院制作をするのは、特殊育雛法の一環ということか? 検索。
『乙坂響1号施術』
『蒼乃晴翔1号施術』
ここからは、検索すべき単語はシンプルであった。施術の詳細が記され、末尾に「次は○○を実施する」とあるのだから。
果たしてその中身には、悲惨も、悍ましさも、恐怖も超えて、ただただ怒りが湧いた。
1号施術:催眠を掛け、更生官の指示通りの言葉を反芻させる。
→結果:乙坂は自己嫌悪に陥り記憶の一部をロスト。蒼乃は不眠になり更生官に怯えるようになる。
2号施術:大音量の音楽を垂れ流す暗室に監禁し、疲弊したところで投薬する。
→結果:乙坂は混乱し自責の念を抱き、心因性の痙攣まで起きる。蒼乃は何も聞かれない内から悔い改めるような発言をする。
3号施術:抵抗できないよう全身麻酔を施し、脳に電磁波等の人工的な刺激を与え続ける。
→結果:乙坂は一時期頭痛等出るが模範的に変貌。蒼乃は記憶の一部がロストし、理由も無く落涙するようになる。
4号施術:岡部勝博の手で脳を切除・改造され、物理的に不可逆の状態にする。
→結果:乙坂は記憶改竄され従順な青少年に。蒼乃は更生官を尊敬し覇気のある青少年に。
……施術された日付から見るに、キロ処方という異様な投薬状況が書かれていた『投薬データ』は、乙坂へブチ込んだ内容と思われる。
そして『バイカラー・ムーン』(蒼乃本気版)やこれまでの資料を踏まえて端的に考えるなら、真相はこうだ。
・乙坂響
虐待クソ親父が妹を撲殺し証拠隠滅を図ろうとしたのを目の当たりにし、我慢ならなくなり殺害。
「こんなクソは殺して当然」と悪びれもしなかったのが裏目に出て施設にターゲティングされてしまい、洗脳・手術の果てに事件の記憶は「父のうっかりミスで妹が亡くなり、父は悪くないのに怒りで自分は父を殺害してしまった」と改竄されてしまう。
結果、彼自身の持ち味だったパワフルな画風まで失い、「世間の言う正しさ」だけに従い動くだけの、抵抗もしないロボットとして世に放たれた。
・蒼乃晴翔
社会科教師が友人・花城璃子に一方的な好意を向けており、花城からその相談を受けていたものの、直接的に力になれることも無いまま(というか花城が諦めたことで)花城が社会科教師にレイプされてしまう。事情を全て察した蒼乃は社会科教師の元へ乗り込むも、教師はしゃあしゃあと「推薦受けたいなら教師は味方につけろ」と一ミリも反省の意を表さなかったため、キャンバススクレーパーで刺殺。
結果父から見限られ、施設入りとなる。乙坂と出会い交流するも、乙坂の改造を目の当たりにし施設の異常さを察知。独自に調査を始める。
資料を覗いたりハッキングしたり脱走を計画するなどの反逆行為が見つかり、洗脳・手術をされてしまう。結果、内気な彼は陽キャに魔改造され、改造前に描いていた告発漫画は施術の影響により自らの手で施設を崇め奉る内容に描き換えてしまった。
この施設は、そして国は、愚行を一つだけ犯した。
『バイカラー・ムーン』の段階原稿を全て残し、あまつさえ最終稿を院生作品として誰でも見られるWebサイトに公開したことである。これが多くの人の目に留まったことが、今回の調査に繋がったのだ。
加えて、施設や国は完璧に情報統制が取れているとでも思っているのだろうが、「気づいて」アカウントの主――恐らくは花城璃子その人に蒼乃の居場所を教え表現祭の招待券を渡した協力者が現れていることを考えると、内部にもこれはおかしいと思っている人がいる可能性が高い。
貴方は真相を白日の下に晒した。
これで花城璃子に報告できる。内部で反逆の時を待つ者達の援助となる。数々の青少年を救うことができる。
最深部に辿り着いた貴方は達成感を抱くと同時に、ため息をついた。
――分かっている。失われた命や個性が戻ってくることはもう、無い。
……というわけで、筆者はこのARG(代替現実ゲーム)を兄から伝えられ、そして兄妹面付き合わせて2025年正月に12時間掛けてエンドカードに到達した。お疲れ様でした。
兄(工学系の理系男子)曰く、途中に出てきた論文や経過報告書の内容は実際の論文・経過報告書の構成と殆ど変わりなく、大変よくできているとのこと。
なお、上記『真実に至るまでの流れ』は、エンドカードに行くまでに最低限のストーリーが分かるものしか辿っていない。筆者と兄は全ページに到達したのでそれを纏めようと思ったが、大変冗長になったのと一部はリアリズムを高めるだけの飾り程度の役割(=組み込まれた謎等)と感じたため省いた。
この記事を開いている諸兄は如何だろう。全ページに到達し、謎も解けただろうか。
プレイすることで分かるが、『かがみの』及び運営元、バックについている政府の最終目的は「国の思い通りに行かない輩の脳味噌をグチュグチュして黙らせる」である。その過程としてクソガキを実験台にした結果、たまたま社会貢献になっているというわけだ。
ここまで読み切ると、このような感想を抱くのではなかろうか。
「こんなの許されるはずがない!」
「国の思惑に振り回される子供達が可哀想だ!」
「子供達にも事情があるじゃないか!」
本当に?
第四境界の皆様が、どのような目的でどのようなことを指摘・風刺したくこの大作を世に放ったのかは勿論知りようが無いが、私が考える些末なことを記録しておこう。
作中に出現する子供達は、いずれもクソ親の被害者である。
・鎌倉勇
父が医者、母が元看護師(現在専業主婦)。常に好成績を求められる抑圧的家庭で、受験失敗したら出て行くよう父から脅迫されていた。
→ドラマでよく描かれる「医者の家庭」といった印象。勉強以外は無価値・医者になれないならゴミという、子供=自分の予備と考えている馬鹿親。
・林野廣剛
結婚・離婚を繰り返して丸一日働きに出る母親。子供の世話は長男頼み。
→母親の事情や離婚理由が分からないため一概に母親がクソとは言い切れない(捕まえる男が悉くDV野郎や無職だったのかもしれない)。しかし、何故実家や家庭支援系のサポートが何も入っていないのか。一日働きに出ているから申請に行けなかったのかもしれないし、シンプルに実家と不仲なのかもしれない。だがそんなことは子供には関係無い。
父どころか蒼乃家が悉く画壇の家柄。
→「医者の家庭」そのA状態。父も父で「蒼乃の家系を途絶えさせるな」というプレッシャーがあったのかもしれないのが余計に辛いところだが、それはお前の都合である。
父がアル中無職。酒飲んで暴れ散らかす以外に能が無い。しかもそれで妻を事実上殺害しており(DV被害による病死)、その後娘を撲殺。証拠隠滅のために放火心中しようとする。
→アル中無職になった経緯が分からないが、やってることが大問題なので擁護することはできない(傷害致死+傷害致死+傷害+放火未遂。生きていてもどのみち死刑か相当長い懲役になるだろう)。そして最大の問題は母親。アル中無職の夫を見限って子供を連れて逃げなかったばかりか、死に逃げという荒技を使い子供放置。
では、それぞれが『かがみの』にブチ込まれる原因となった事件を確認する。
窃盗(詳細不詳)。日常的な非行としては、学校内外の友人達との未成年飲酒・未成年喫煙。
→非行や窃盗そのものに「暴行」が見られないため、こう言っては何だが小粒(勿論窃盗は実害を出しているので無条件でアウトだが)。父に見限られて連れて来られた可能性がある。
同級生の頭を消火器でかち割って全治二ヶ月の重傷を負わせる。日常的な非行としては、学校の無断欠席及び早退を皮切りに、未成年飲酒・未成年喫煙・他生徒への暴行・万引。
→典型的な不良。バイトの勤務態度は良かったらしいが、暴行と万引は余所様に実害を食らわしているのだから完全にアウトである。「他生徒」が本人を煽りまくった結果かもしれない点は考察余地があるものの、乙坂に喧嘩で負けている時点でコイツの技術はショボいので、どんなに相手方を悪く見ようとしても「口だけの雑魚」にしかならない。
友達をレイプしたキモい社会科教師を殺害。日常的な非行は無し。
→最高だ。お前こそ男だ。しかしまずは傷ついた友を家に送るのが先決である(ピル服用もさせないと妊娠するかも)。これが切っ掛けで友達がされたことが表沙汰になってしまったことを考えると、必ずしも友達は100%晴翔君に感謝できるものではないと思われる。学校中に「あの子、あの先公とシたんだって……」等と噂がダダ流れになることまで、一度深呼吸して考えて欲しかった。
アル中無職のクソ親父がいつものように暴力を振るってこようとしたのを、妹が庇った(普段の逆)。結果、妹が半死半生状態(のち死亡)になったのを目の当たりにし、今更親父は当惑。証拠隠滅のため放火して一家焼死をキメようとしてきたため、全身をメッタ刺しにして殺害。
→よくやった。だがその行動力があるなら、妹を連れて児相に行って欲しかった。相談して追い返された経験でもあるのだろうか。
四名はいずれもやったことが大分ヤバいし擁護もできないものの、それぞれに家庭環境が終わっており、行動には充分に理解を示せるものである。
「だから不良少年を洗脳してイイ子ちゃんにするなんて以ての外なんだ!」
違う。それ以外のガキ共はどう見る?
恐ろしい話をしよう。
少年院出所者の三人に一人が再犯するというのは犯罪系の学問を囓った者なら良く知っていることだろうが、問題は「不良に影響を受けたのか」「虐待を受けたことがあるかないか」である。
令和五年度犯罪白書を開くと、
▲不良が関係するか
▲虐待されていたか
(※但し当人の申出による)
本作のネームドな子供が全員男子なので男子に限って見ていくが、半数が不良と関係無く、六割が虐待されていない。つまり『かがみの』(及び現実における少年院)にブチ込まれたガキの中に、四人のような事情など一切無しに非行に走った正真正銘のカスがいることも考えられる。
犯罪とは、必ず相手方がいる。正真正銘のカスから身体的・精神的に加害され、後遺症を抱えている被害者が娑婆にいると考えたら、どうだろう。仮に貴方や貴方の家族が被害者となったら、どうだろうか。
その状態で「子供達にも事情があるんです!」と目をウルウルされたら、どう思う?
仮に私の家族や私自身が被害者となったなら、どうせ再犯するんだから時間の無駄、次なる被害者を生まないためにもさっさと殺せと要求するだろう。こちらの人生に手を出しておいてクソガキの人生の為等と言って生かす=加害者の権利を守る意味は無い。
本作のネームドな子供だけ見て「可哀想! 事情があるのに!」と正義を主張するのはやや尚早なのである。
もう一つ、全国の少年院を運営するのに掛かっている費用を見てみよう。余りにも古いデータ(H18年度)だけ見つかったため参考まで。
これによると、被収容者の収容に直接関係のあるものだけを計上した『少年院及び少年鑑別所収容に要する費用』は実に40億円強の予算が割かれていることが分かる。H18年度国家予算が80兆弱であるため、実に当時の国家予算の0.05%に当たる。
「な〜んだ、たったの0.05%かよ。可愛いもんじゃん! そんくらい良いよ〜」
……となるなら別に良い。
生活保護の不正受給(0.087%※)を糾弾して「保護費下げろ」と叫ぶ我が日本においては恐らくそうならない。
※受給が必要な者の内、実際に受給しているのが多くて3割。3割しかいない全受給者の受給額の0.29%が不正受給された額。つまり受給が必要な者全員ベースで単純計算すると、0.3×0.29=0.087%となる。しかもこれはあくまでも国家予算の一部である「生活保護費負担金」だけをベースにした割合なので、国家予算全体で見れば更にパーセンテージは下がる。
しかもこれだけの費用を使ってクソガキを叩き直して社会に戻したと思えば、三人の内一人は再犯してムショに帰ってくる。掛けた費用の1/3が無駄金となるのだ。
義務と言って少ない給金から税金を巻き上げられ、その税金の一部が更生するんだかしないんだか分からない馬鹿のために使われ、しかも無駄に終わった金があります等と聞いて、真面目に働き実直にルールを守っている無辜の民が笑ってくれるはずがない。
その状態で「貴方の税金の無駄も今社会に貢献している方の被害も一切出さないよう、馬鹿を一生涯黙らせます!」という施設があったら、国民投票で九割が賛成に入れるのではなかろうか。
この施設がやっていること自体は賛同を広く集めるところだろうが、100%ではないだろう。仮に賛同しても最終目標だけは容認すべきではないと感じた者もいるだろう。もしこの目標が達成されてしまうと、極端な話某射殺された総理大臣の国葬について「海外に見栄張る金があるなら国民の窮状改善に使えよ!」とキレた者は捕まって文字通り国家の犬にされてしまう。
では、何故そう感じるのか?
答えはシンプル。犯罪行為は「他者の外的自由侵害」で、最終目標は「他者の内的自由侵害」だからである。
外的自由:他人の権利・自由とぶつかる可能性がある自由
内的自由:他人がそれを知ったところで実害は出ない自由
例えば、煙草を吸いたい・吸いたくないと思っている人がいるとする。それぞれ、相手がその考えを知っただけで即死するとか怪我するといったことはないので、これが内的自由に当たる。
しかしいざ片方が煙草を吸い始めると、煙草を吸いたくない人は「ここで吸わないでください」と喫煙の自由を侵害する発言をする。喫煙者は「何処で吸おうが自由だろう。貴方が退避しなさい」と、非喫煙者のここにいる自由・煙草の煙を吸わない自由を侵害する発言をする。この余所様の自由を侵害するのが外的自由である。
これを踏まえて『かがみの』の資料を見てみると以下の通りとなる。
外的自由:作中の犯行全て、行動全て、施設の所業全て、最終目標を実行すること
内的自由:抱いた感情、考え、思想、最終目標を掲げること
全ネームドキャラクター達及び人間はどちらもやっている。一通りの所業だけ見て悪と決めつけ批判するのは愚行であることがよく分かるだろう。正しく評価するためには、行動(外的自由)と行動に至った考え(内的自由)に分けてそれぞれを見なければならない。
特に乙坂の事情(内的自由)を考えるなら、乙坂どうこうよりも前に通報を受けながら即保護しなかった児相・反省の色無しとして少年院に入れることを決めた警察の行動も考え方も余程ヤバい。
仮に『かがみの』の最終目標が現代日本で達成されていたら、京都伏見介護殺人事件なんか「はいお前死刑!」と裁判がものの五秒で終わりその場で被告は絞首されたことだろう。
クソガキ被害に遭った者からすれば、「少年なので更生するかもしれません! チャンスを下さい!(泣)」というのは舐め腐っている台詞である。
更生できるような良い子ちゃんなら最初からするなという話で、被害者=クソガキの踏み台と明示しているのと何も変わらない。これで再犯しようものなら「更生できませんでした☆ 三度目の正直よろです♪」と第二の被害者と最初の被害者を纏めてクソガキの人生の舞台装置扱いしたことになる。何でお前程度の存在に人の人生を消費してやらないかんのだ!
犯罪者における三度目の正直など、現代社会においては許されないし存在しない。そもそも大多数の人間は犯行を一度も行わないのだから、「チャンスを下さい」という発言もおかしい。チャンスならゴロゴロ転がっていたが? と手厳しく批判する者もいるだろう。
そう考えると、本気度0%のコメントを信じて余所様の被害を何発も引き起こすくらいならそれを最初から100%にしてしまおうというのは動機として大きく頷けるし、更生を信じて無駄金を出すくらいなら未来永劫潰してしまえば出費ゼロにできる。清く正しく生きる皆様の被害ありきの更生など絶対に許してはならない。
さて、再犯は先述したところの外的自由である。では、その内的自由――再犯に至った事情は?
これはもう筆者如きが語るより、何十年と研究・支援に携わった先人の発言をそのまま読んで頂く方がいいだろう。
そもそも脳のレベルが一般水準に足りていない。
単純に金が無い。
金を得ようとしても雇ってもらえない。
犯罪以外に生きる術が無い。
脳のレベルが足りていない(発達障害・知的障害)なら、足りなくても分かるように暮らし方を変えなければならない。金が無いなら、使える制度や支援を端から使って一時的にでも凌がなければならない。雇ってもらえないなら、雇ってもらえるような技能を身につけなければならない。
どの解決手段も独力では絶対に完遂できない。
これは、そのまま社会の縮図である。
親が自分の子に障害があることを認めず、「うちの子ちょっとマイペースなだけなんでぇ〜」と無理矢理普通学級に捻じ込む。虐待して脳味噌を後天的に壊す。制度や支援の内容がそもそも浸透しておらず、また受け取る手段も限られ知る機会が少ない。例え知っても、社会の目が白く利用者への風当たりも強いとなれば尻込みしてしまう。技能を学ぶにしても専門学校に入るだけで金が掛かり、文無しはそもそもお呼びでない。
「加害者を何故支援するの」
「被害者が一番可哀想だろ!」
「被害者は実名報道する癖に、加害者が未成年だと匿名にして守るんですね」
「犯罪者は晒し上げて袋叩きにすればいい」
それは感情として誰もが理解できるが、一切の支援を受けられない犯罪者は結局回り回って犯罪に走るのだ。その時被害者に選ばれるのが貴方かもしれない。
もしここで「いや、それでも支援はすべきではない。徹頭徹尾冷遇すべき」と言ってしまうと、「自分や自分の大事な人じゃなければ他の人が被害を受けても良いです」と明言しているのと変わりない。その場合、次なる被害者から毒牙を向けられるのは発言者となるだろう。
「そういう問題が出てきて面倒臭いから、加害者は即刻死ねよ」
これは筆者も似たような悪態を吐くことがあるので、これも感情としては大変に分かる。だがこれをOKにすると、即ち全判決を死刑か無罪かの二択のみにすると冤罪者が死刑を食らう可能性は勿論のこと、ボコボコ人が死んで経済にも影響が出るだろう。そしてその死刑費用は税金から出る。
何より、加害者支援(及びその他触法者の支援)を行う皆様の一部は、自らも支援を受け見事な復活を果たした方々である。(→参考1、参考2)
もしその方々を犯行時点で即死刑にしていたら、今の支援は存在していないのだ。
短期決戦しようと思えばできる。数多のデメリットを一切見なければ。そしてそのデメリットが自分に降りかかった時、人は必ずこう叫ぶ。
「話が違う」
「自分は例外だ」
「あんな奴らと同じに考えないでください」
加害者支援をするのは、加害者が可哀想だからではない。矛先が皆様に向かないようにするためである。
筆者の些末な考えを読んで頂いても飛ばしてもらっても一向に構わないが、一個だけ確実にお伝えしておきたい。
このARGと同じことが現実で起きてはいないか?
これは何かっつーとすぐ国だの宇宙人だのほざく陰謀論者のアホ共に向けた言葉ではない。「世界の真実に気付いている」と大人になっても厨二病を拗らせ、あまつさえそれで人を罵倒して殺しにかかるような輩は『かがみの』をプレイしないで欲しい。
このARGは、Webサイトのリンクだけ浚う分には絶対にエンドカードに辿り着かない。エンドを迎えるためには、
@サイト内検索で、リンク切れしているものまで追おうとする
Aサイトの外で、別の情報源を見つけようとする
B把握した情報を、組み合わせて活用する
という三つの行動が必須となる。
これを現実に当てはめると、
@とある物事についてあらゆる面から調べる
A一人の主張だけでなく、様々な情報源を当たって別の意見を探す
B把握した情報を組み合わせて、己の意見を構築する
お気付きだろうか。『かがみの』を通してやったことは社会で必要なスキルである。暇さえあればSNSを開き、片手間で検索した程度の内容で物知りぶった面を下げ、暴言を吐き、追及されたら投稿を削除して逃げるような現代人には決定的に欠けているスキルである(勿論この言葉は筆者にも返る!)。
『かがみの』のエンドカードに自力で辿り着いた方は、そのスキルを充分に保持していると言えるだろう。社会の流れを多面的に捉え、良い面も悪い面も評価・批判できるようにありたい。『かがみの』資料に「ポピュリズム(※)」が出たが、美羽統一はともかく目先の説明だけ聞いてすぐ乗る・脊髄反射的に罵倒することは危険である。
※民衆に訴えて政治改革を目指す運動。その過程で民衆を平易な言葉で扇動することがあり、場合によっては「民衆のため」を大義名分に平然と切り捨て・差別に至ってしまうものも。その結果最もまずい事例に至ったのがファシズムとする論もある。
……ところで、この『かがみの』には全ページのネタばらし・謎解き解答の載った攻略サイトが存在する。
これを見て進めるのが悪だとは思わない。分からないなりに最後まで進めたい、雰囲気を味わいたいという方にとっては最高の援助である。そしてこういった援助を探し活用するのは、まさに現実にも適用されるべき技能である。
だが人生に攻略サイトは無い。
人生攻略を調べようとして、怪しいものに引っかかったり金や人間関係を失ったり、最悪『かがみの』にブチ込まれるような者には決してならないで欲しい。
以上
執筆者:30歳・公務員(職務:ケースワーカー)
この社会を考えるきっかけ。
【おまけ:総括長歌】
人を呪わば穴二つ 自分に返ってきやせんか 潰しゃその場は済むけれど 何も解決しやしないのだ
【Staff】
企画・構成 清水舞鈴
撮影 清水舞鈴
編集 清水舞鈴
制作 清水舞鈴
監督 清水舞鈴
【Special Thanks】
第四境界
全挑戦者の皆様
挑戦はせず攻略サイトを見て内容を知った皆様
世の犯罪被害者の皆様
加害者になりそれでも復活しようとする方
スペシャルサンクスまできっちりと読む、画面の前の貴方
徹夜で解いたので、今年はガチ寝正月でした(白状)
END.